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大阪地方裁判所 昭和24年(行)149号 判決

原告 日本国有鉄道

被告 大阪府知事

訴訟代理人 河村武 外二名

主文

大阪府農地委員会が、昭和二四年一二月一日、別紙物件表記載の土地に対する大阪市東住吉区農地委員会の農地買収計画に関し、原告の訴願を棄却した裁決を取消す。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同趣旨の判決をもとめ、その請求の原因として、つぎの通り述べた。

一、大阪市東住吉区農地委員会は、昭和二四年一〇月一二日、原告所有の別紙物件表記載の土地(本件土地)について、自作農創設特別措置法(自作法)第三条第五項第四号により、法人所有の小作地たる農地として農地買収計画を定め、原告は異議を申立てたが、同委員会は同月二八日その異議の申立を相立たずとする決定をした。そこで原告は、大阪府農地委員会に対し、訴願をしたが、同委員会は、同年一二月一日、原告の訴願を棄却する旨の裁決をした。

しかし、以下にのべる通り、上記買収計画は違法であり、従つて、これを適法として原告の訴願を棄却した右大阪府農地委員会の裁決も違法たるをまぬがれない。

二、本件土地は農地でない、

(一)  本件土地は、昭和一九年、当時の運輸通信省が、関西本線平野天王寺間に百済貨物駅を新設する計画を定め、その用地として買収し、国有財産となつたもので、鉄道用地たる公用財産として管理されてきたが、戦争のため新設工事は中止のやむなきにいたつていた。昭和二三年になつて、大阪市東南部方面における鉄道貨物の増大に対処し、さきの百済貨物駅新設の計画を急速に進める必要に迫られたので、昭和二四年度着工昭和二九年度竣工の見込をもつて工事計画を完了し、昭和二四年六月一日、日本国有鉄道法の施行により、原告日本国有鉄道(国鉄)が、本件土地の所有権と右貨物駅新設事業とを承継し、右工事のため、昭和二四年度分予算の配付もすでに終え、工事着手の準備を完了した。

このように、本件土地は、国が所有権を取得したときから鉄道用地として、その利用目的が確定しており、しかも近く施設工事の実施されること確実な土地であり、耕作の目的に供される土地たる農地ではない。買収計画当時耕作されてはいたが、工事施行までの一時的現象にすぎず、単に耕作されていた事実だけから、耕作の目的に供される土地ということはできない。

(二)  本件土地は、昭和五年一二月一一日設立された大阪市平野土地区劃整理組合の地区に属し、同組合は、都市計画法により宅地造成を目的として、土地区劃整理を実施する組合で、地区内に、道路、公園、広場等公共施設の新設拡張、土地の分会交換、整理、上下水道の整備拡張をし、昭和十二、三年中に既に仮換地の指定をし、組合事業もほとんど完了している。その結果本件土地を含む一帯の土地は、宅地としての諸条件を具備し、大阪市の東南部住宅地域内に位置する理想的な住宅地帯と化するにいたり、農地としての性格を失つたものである。右組合はその事業着手前、事業の目的と両立しない農耕について、耕作者との間の小作関係を終局的に解消した上、工事を行つたもので、以来本件土地については小作関係はなく、現在の耕作者は、終戦後食糧補給のため一時的に蔬菜の耕作をはじめた不法占処者にすぎず、その耕作は、土地本来の用法に適合するものではなく、かかる耕作によつて本件土地が農地にかえつたということはできない。しかも、各筆の土地は集団的市街地を形成すべく、家屋建設のため整地されていて、かくのごとき土地をもつて自作法第二条にいう農地ということはできない。

三、小作地ではない。

(一)  平野土地区劃整理組合は、その事業に着手するに当り、地区内の農地の耕作者との間に離作の協定をし、昭和一二年一一月末日かぎりで、小作関係をすべて解消したもので、昭和一九年国が本件土地を買収したときは、本件土地については小作関係はすべて消滅していて、小作地ではなかつた。また国の買収後、国なり原告が、本件土地について耕作者との間に耕作のため使用賃借なり賃貸借関係を結んだことはない。従つて現在の耕作者は純然たる不法占有者で、原告との間に小作関係はない。

(二)  国有財産当時は、国有財産法に規定する公用財産(企業財産)として管理されていたもので、私権の設定は許されず、また私人による使用は、同法により有料たるべきであり、かつ使用の承認には厳重な手続を要したが、本件土地については、使用承認書の交付もなく、使用料も収納しておらず、権限ある管理者の使用承認はなかつた。

被告は、昭和二〇年頃、当時の大阪鉄道局天王寺管理部と耕作者側との間に取りきめがあつたことをあげて、これにより賃貸借が成立したと主張するようであり、右天王寺管理部の行つた取りきめの事情については、原告はよく知らないが、しかし、国有財産たる本件土地について、右天王寺管理部は、耕作者等にその使用の承認をする権限はなかつたのであり、使用について取りきめがあつたとしても、工事施行までの明渡の猶予についての了解か、使用承認についての出先機関の予備交渉にすぎないとみるほかはない。使用の承認としても、承認たる効力を生ずる由がないからである。

また仮に、使用の承認があつたとしても、それによつて生ずる使用関係は、国有財産法による公法上の特別権力関係で、使用貸借、賃貸借等私法上の権利関係ではなく、自作法にいう小作地となるものではない。

四、自作法第五条第四号により買収から除外すべきである。

本件土地は、前記の通り、都市計画法第一二条第一項の規定による土地区劃整理を施行した土地である。自作法第五条第四号は農地買収を行わない土地の区域として、都道府県知事の指定の対象となる土地を三種類あげている。そのうち、「都市計画法第一二条第一項の規定による土地区劃整理を施行する土地」は、その他の「主務大臣の指定するこれに準ずる土地」および「都市計画による同法第一六条第一項の施設に必要な土地」と異り、宅地としての利用を増進する効果を伴つたとか、都市計画事業の施設に必要なとかの制限がつけられておらず、本来、公共的性質を有する土地区劃整理組合が、法律の定める一定の認可と監督のもとに、都市の将来のため市民の住宅地確保の目的で宅地造成の工事を施行する土地であり、これについては、知事は当然、その除外の指定をしなければならない種類の土地であつて、知事の裁量の余地はない。ことに、本件土地は、土地区劃整理をほとんど完了し、様相を一変した前述の通りの土地であり、当然知事により買収除外の指定を受くべき土地である。本件土地が仮に農地であるとしても、買収から除外すべきである。

五、自作法第五条第五号により買収から除外すべき土地である。

本件土地が、百済貨物駅新設のための用地であり、その新設計画がつとに確定し、工事計画が具体化していたことは前に述べた通りであるが、その位置は、関西本線の咽喉を扼する地点にあり、国鉄運輸上その地点の重点性からいつて、他にかけがえのない土地である。

また、その位置環境からみても、本件土地の南端に沿う関西本線の線路沿いの南側には、すでに人家が立ち竝び、これに併行して奈良街道が大阪市中心部に通じ、附近一帯は東住吉区平野市街地を形成しているし、西側は、巾三〇米の森小路大和川線都市計画道路に接し、その道路をへだてて西方には人家が密集しており、右南側西側とも大阪市街地と一帯をなしていて、北西部には今林町の部落がある。こうした四囲の状況からみても、大阪市勢の発展上、とうてい長く農地として存在できる土地ではない。さらに、本件土地の西北端には百済貨物駅新設を予定して、その予定貨物側線に沿い農林省倉庫が建築されており、東部北側約七千余坪の地域にはすでに鉄道宿舎が建築されて宿舎地帯を形成し、しかも東端は関西線平野駅に接続する地域一帯であり、本件土地は、相当広範囲にわたる空地ではあるが、一見して鉄道施設計画の存する様相を呈し、農村的色彩はまつたく消失していて、大阪市勢の発展から、明日にも工場街、住宅街に変化すべき雰囲気の充満した地域にある。

これらの事情を総合して、本件土地は、仮に農地であるとしても、自作法第五条第五号にいう、近くその使用目的を変更するを相当とする土地として、買収から除外すべき土地であることは明白である。

六、原告は、自作法第三条第五項第四号の法人に当らない。

(一)  日本国有鉄道の性格

日本国有鉄道は、資本主義社会化の段階において、企業の公共的所有と公共的支配とをもつて、社会化の要請にこたえつつ、企業の合理化の要請に応じて自主性を与えられた公共企業体の一であつて、その成立の過程は、国営企業の合理化形態として成立したものであるが、合理化の要請にもとずくその自主性にかかわらず、右社会化の要素はその基本的性格をなし、所有が私人に属する会社とは全然性格を異にする。

その資本は全額政府の出資によるもので、国営当時の日本国有鉄道企業特別会計の資産を包括的に承継し、資本は、右の資産の額に相当する額を資本金としたものであつて、資本は国すなわち国民に属し、国鉄は国民からの信託によつて、国民のため、国民に代つて企業を運営管理するもので、企業の経済的所有は会社におけるごとく私人に属するものではなく、国民に帰属する。その公共的支配の関係においては、支配の終局的の主体は公共社会であり、これを直接代表する機関たる政府議会が直接支配者の地位にある。日本国有鉄道法により、内閣の任命した監理委員会の指導統制に服し、総裁は内閣が任命し、予算は国会の審議を必要とし、会計は会計検査院が検査し、運輸大臣の監督に服する。これらは、単に国が後見的に監督するというのではなく、国民に代り、政府が直接支配する形のものである。

そして、国鉄の自主性は、国家の行政的管理の分権化としての行政的自治が地方自治について行われるのと対応して、国家の経済的管理の分権化としての経済的自治である。国家から独立した法人格として、独自の権利義務を有し、法律上の自主性を与えられているが、いかに広範囲の経営管理権が移譲され、経営の自主性が与えられているとしても、私企業のごとき資本主義的独立性を有するものではなく、公共的所有者を代表する国の終局の公共的支配から独立したものではない。国鉄はかかるものとして、「公法上の法人」たる法律的形態をとつているものである。前述の社会化の要素は、国営時代と何等異ることなく、維持されており、また維持すべきであつて、いわゆる「鉄道国有主義」に何等の変化はなくまつたく国とは異体同質であつて、国の最高経営権は確保されている。

(二)  自作法第三条第五項第四号は、法人として、国鉄のごとき法人を考えていない。国鉄は、右に述べたとおり、特殊な性格を有する法人であり、自作法は、国鉄が昭和二三年一二月二〇日法律第二五六号日本国有鉄道法によつて設立される前に制定された法律であつて、自作法第三条第五項第四号にいう法人は、国鉄のごとき法人を予定しているものではないと解すべきである。従つて、これを原告に適用すべきではない。

七、日本国有鉄道総裁の認可を欠く

(一)  昭和二四年当時の日本国有鉄道法第六三条は、「道路運送法、電気事業法、土地収用法その他の法令の適用については、この法律又は別に定める法律をもつて別段の定をした場合を除く外、日本国有鉄道を国と、日本国有鉄道総裁を主務大臣とみなす」と規定している。これは前述のような国鉄の性格を宣言した基本条文の一つであつて、国鉄が国とは別個の権利主体となつたので、あらためて、国鉄をひきつづき従来国が経営していた時と同様の法令適用上の地位におく必要から、これを包括的に規定したものである。すなわち、他の法令の適用において、国鉄の行う事業は、国の行う事業とみなされ、国が事業を行う場合に適用きれる規定が適用され、その所有している物については、国の所有物とみなされ、国が所有している場合に適用される規定が適用されることになり、これにより、一般私企業が受けるごとき法律上の拘束を排除して、公益性を維持しつつ、能率的運営を行わしめんとする趣旨を明らかにした規定である。

さらに同法第三六条は、「日本国有鉄道の会計及び財務に関しては、鉄道事業の高能率に役立つような公共企業体の会計を規律する法律が制定施行されるまでは、日本国有鉄道を国の行政機関とみなして、この法律又はこの法律に基く政令若しくは省令に定める場合を除く外、国有鉄道事業特別会計法、財政法、会計法、国有財産法その他従前の国有鉄道事業の会計に関し適用される法令の規定の例による。前項の規定により日本国有鉄道を国の行政機関とみなす場合においては、日本国有鉄道の総裁を各省各庁の長と、日本国有鉄道を各省各庁とみなす。」と規定し、従つて、日本国有鉄道は、従前国有鉄道事業特別会計法によつて規律されていた運輸省当時と、その財政会計の面において、何等の変化がなく、その財産は、国有財産法の企業用財産として取り扱われていたことに変りがなく(同法第三条、同法施行令第二条)、企業用財産(国有財産)として適用されるすべての法令が適用されていたのである。

しかも、日本国有鉄道法上、会計財務の面において、政府と国鉄相互間に、政府よりの損失交付金及び一般会計への利益金納付の措置が講ぜられ(第四三条)、その他予算に関する規定(第三八条)会計検査院の検査(第五一条)、財産処分の制限(第四九条)等、国と一体的取扱がなされている。

(二)  これを自作法についてみると、前記の通り、国鉄の所有は国の所有とみなされるのであるから、自作法施行令第一二条第一項の「政府所有」の場合に当り、また、国鉄総裁は、主務大臣とみなされるのであるから、同条第三項の「所管大臣」に当る。しかも、国鉄の企業用財産は、同令第一三条の公用財産(国有財産法の企業用財産)に該当し、同条第一項は、所管大臣の用途および目的の廃止を規定しているが、国鉄の場合、国有財産の所管大臣に当る国鉄総裁が、その用途または目的を廃止する措置を講じなければならないのは、国有財産として取扱われているかぎり当然である。

従つて、国鉄所有の農地を自作農創設の目的に供せんとするには、国の所有の場合と同様、自作法施行令第一二条、第一三条を適用し、同条の定めるすべての手続を履践しなければならない。

本件土地について、東住吉区農地委員会が、農地買収計画を定めるに当つては、国鉄総裁の認可を受けなければならなかつたもので、その手続を欠いた本件買収計画は違法といわなければならない。

八、買収の対価

本件土地については、国有財産法の適用あること前述の通りであり、法令の適用上国の所有とみなされるので、土地台帳法の適用がなく、従つて、同法による賃貸価格はない。

(一)  本件買収計画書には賃貸価格が記載されており、これを基準にして対価が算定されていること明らかであるが、その賃貸価格は右の理由により、土地台帳法による賃貸価格でないことは疑いがない。

(二)  右買収計画書には賃貸価格と明記されており、他に認定価格等の表示はみられないので、対価の額は自作法第六条第三項本文後段の土地台帳法による賃貸価格のないときとして、また同条項但書の特別事情により、大阪府知事の認可を受けて定めたものでないことも明らかであるし、また、その認可の手続も経ていない。

(三)  仮に右の対価の額が、右大阪府知事の認可を受けて定めた額であるとしても、自作法第六条第三項は、土地台帳法の適用ある土地に関して適用される規定であつて、土地台帳法の適用されない国鉄用地のごとき、地目のない土地について、適用さるべき規定ではない。このことは、自作法施行規則第二条第三条を通覧し、またその姉妹法たる農地調整法のこれに関する規定(第六条の四、施行令第八条、施行規則第一三条)を通読して自から明らかである。

従つて、本件土地について自作法によつては対価を定めえないものであり、右買収計画における対価の決定は違法であり、買収計画の違法たることは明らかである。」

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決をもとめ、答弁として、つぎの通り述べた。

「本件土地について、東住吉区農地委員会が、自作法にもとずき同法第三条第五項第四号に定める法人所有の小作地たる農地として、農地買収計画を定め、原告が異議の申立をし、右農地委員会が異議却下決定をし、原告の訴願に対し、大阪府農地委員会が訴願を棄却する旨の裁決をしたこと、原告主張の通りであることはみとめる。

しかし、右買収計画従つて右訴願の裁決には何等の違法はない。これを違法とする原告の主張の失当なることはつぎに記す通りである。

一、本件土地は農地である。

自作法第二条にいう農地に当るか否かは一に土地の現況により、所有者の所有の動機目的は農地たる要件にかかわりがない。

本件土地は、もともと農地であつて、昭和五年頃平野土地区劃整理組合が設立され、その地域に属したが、組合設立後、地主、組合、耕作者の三者間で協定し、昭和七年から昭和一二年一一月末までの間小作料を免除し、その間耕作者は引き続き耕作することができるが、組合の必要の時は何時でも明渡し、右期間経過後なお耕作を続けるときは、地主に一反歩一月一円の割合の金額を損害金名義で支払うことなどを定めた。しかし、区劃整理後も耕作者は仮換地に移つて耕作を続け地主も右の移動を承認し、仮換地について上記の協定を維持した。そして昭和一二年一一月末になつても組合は事業の遂行ができず、地主も宅地造成はもちろん家屋建築に着手することもなく、純然たる農地の現況で戦争の時期に入り、組合の事業はまつたく遂行不能に帰した。そのため、昭和一二年一一月以降も組合は勿論、各地主も耕作者に明渡しを要求せずむしろ耕作を奨励する方針に向い耕作者は供出制の強化とともに生産増強に努力し、小作料も現実に支払つてきた。右の状況は、国(運輸通信省)が買収するまで続き、買収後も変化はなかつた。そして、右国の買収は、官憲の弾圧的手段によつて行われたが、その買収目的は戦時戦後を通じて実現が不可能であつたことは原告の主張からも明らかである。そこで、運輸通信省はその目的を放棄し農地として昭和二〇年一〇月末頃約三分の一の水田を耕作者から取上げて職員の自給農園にしたが、昭和二三年一二月末頃これを廃して従前の耕作者に返還し引続き小作させていたもので現実には決して鉄道用地ではない。鉄道用地というのは所有者の主観的な使用目的にすぎない。

二、小作地である。

本件土地の耕作者は数十年来耕作の業務をいとなむ専業農家で前述のごとく本件土地の耕作をしてきたものであるが、運輸通信省は昭和二〇年耕作者と折衝の結果、三分の一を耕作者から返還を受け三分の二は引続き耕作者が耕作することとし、右、返還を受けた三分の一は大阪鉄道局天王寺管理部食糧増産部の自給農園として職員に耕作させたが成果があがらず、供出の問題もからんだので昭和二三年一二月二七日右食糧増産部を解散、自給農園を廃止し、地元の農民に返還して耕作させ、賃料は他の三分の二の分とともに追て決定することにし、昭和二四年以降の供出は耕作者がするということに取りきめができた。そして、その通り行われて買収計画当時にいたつたものであり、右の取りきめと同時に賃貸借、少くとも使用貸借は成立しているといわねばならない。

三、自作法第五条第四号第五号の点

(一)  自作法第五条第四号による知事の指定は、まつたくその自由裁量に属し、その指定なき点を違法として訴訟で争うことはできない。

そして右第五条第四号に定める土地区劃整理組合の地域内の農地については、同号により、その都市計画事業の責任者たる知事に、買収除外指定の権限を専属的に付与しておりその点、右地域全体は知事の管理のもとにあり、知事は、土地区劃整理の進行状況や都市計画事業との関連を考慮して、自由なる裁量をもつて除外指定を行うのである。その地域については、同条第五号による農地委員会の除外指定の権限は及ばない。すなわち、第四号所定の地域については知事が、その地域外については農地委員会が、それぞれ対象たる土地を異にして、別々に除外指定の権限を分つているのであつて、第四号所定の地域内の土地については、第五号の指定を問題とする余地はない。従つて、第四号所定の地域内の土地で知事の除外指定がない土地は、知事が買収を相当とみとめた土地であつて、もはや第五号を顧慮する余地がない。

(二)  仮に右第五条第五号の適用があるとしても、本件土地は同号に定める近く使用目的を変更するのを相当とする農地に当らない。

右に該当するためには、第一にまずその農地の客観的状況からみて、これを永久に農地とすることが何人がみても非常識と思えるような場合でなければならない。こういう状況が存しないかぎり、所有者の主観的な目的や計画、所有者の性格、その事業の公共性などは問題にならない。

ところが、本件土地は、広い一団の農地であつて、南側は関西本線の軌道に接しているが、他の三方面は延々として展開している農地に接していて、上記の意味において、近く使用目的を変更するを相当と考えるような状況にはまつたくない。

四、国鉄の法的性格に関する点

(一)  国鉄は独立の法人である。国とは別個の人格である。従つて、国鉄は自ら不動産を所有することができ、かような不動産は国鉄の所有であつて、国の所有でない。日本国有鉄道法(国鉄法)第六三条も国鉄のこの性格を制限するものではない。民法の適用において、国鉄と国との間の契約が法律上不可能になることはなく、第三者との関係でも別個の人格として扱われることを想起すれば、同条にいう国とみなすという規定についても自ら一定の制限があることが明らかである。すなわち実体法上の法律関係を調整する法令の適用については、国鉄を国とみなす規定によつて、その適用を排除することはできない。自作法の適用もその場合の一であつて、同法で行おうとする農地所有権の変動は国鉄の所有する農地は国の所有する農地ではないので、国の所有地について行う管理換(自作法施行令第一三条)を行うに由がなく、買収の手続をするほかはない。

国鉄法第六三条は国鉄事業の性格と経営規模からみて、一般私企業と同様な法令の拘束をうけるのは妥当でないので、一般私企業に要求される道路運送法、電気事業法、土地収用法その他の法令による煩瑣な手続から解放し、国鉄の事業の能率的運営を確保するために設けた規定であり、包括的な規定をしたのは、個々の法令すべてに手入れする煩を避けたのであり、国有鉄道事業を政府から独立した別個の法人である国鉄として経営せしめようとする国鉄法本来の目的を無視した規定ではない。従つて同条に「この法律をもつて別段の定をした場合」というのも明文をもつて同条の適用を排除している場合に限らず国鉄法の他の規定に示された国鉄の基本的性格と積極的に牴触する場合をも含む。いいかえれば、同条は、国鉄の事業の性格と特殊性に基いて、従来政府が直接経営していた場合と同様、その事業経営上の各種の取締法規の適用を排除し、又は緩和する為に必要な範囲において、国鉄が特別の地位に置かれる旨を規定したものであり、これらの法令の関係においてのみ、国鉄が政府機関とみなされるにすぎない。

国鉄法が、従来の官庁機構より独立した公共企業体たる国鉄を創設した所以は、企業の合理的能率的運営の要請によるものであり(同法第一条)、これが法的に具体化されたのが同法第二条であるから、国鉄の法人性は、その基本的性格であり、これと積極的に牴触する限度において、上記第六三条の規定の適用は排除されるのである。従来国有財産として運輸大臣の管理していた農地は、国とは別個独立の権利主張たる国鉄の創設によつて、その所有に帰するにいたつたのであり、かような農地を国有とみる余地は存しない。

また、国有財産の管理換とは、財産の帰属者の変動を生ずるのではなく、ただ国の内部における管理機関の変更をいい、国と他の権利者との間には、国有財産の管理換の生ずる余地は全くない。そうすれば、国以外の者が所有する農地は買収手続により、国の所有する農地は管理換の手続によることとしている自作法の建前からいつて、国鉄所有農地について、これを適用するに当つても、他の規定はしばらく措き、国有農地の管理換の手続を規定する自作法施行令第一二条第一三条を適用することのできないのは明らかであるから、他の法人その他の者の所有農地の場合と同様に、国鉄所有農地については、自作法第三条に基いて買収するのは何ら違法ではなく、自作法施行令第一二条第一三条による管理換の問題は起らない。」

証拠として、原告は甲第一ないし第三号証、第四ないし第六号証の各一、二、第七ないし第一一号証、第一四ないし第一七号証を提出し、証人栗林忠雄の証言および検証の結果を援用し、乙各号証の成立をみとめ、被告は乙第一ないし第四号証を提出し、証人関口太五郎、西田伝次郎の証言および検証の結果を援用し、甲第一六号証は官署作成部分の成立をみとめその余の部分は不知と述べ、その他の甲各号証の成立をみとめ、甲第一ないし第三号証第四、五号証の各一、二、第一七号証を援用した。

理由

原告の所有する本件土地について、大阪市東住吉区農地委員会が、自作法に基き、同法第三条第五項第四号に定める法人の所有する小作地たる農地として、昭和二四年一〇月一二日農地買収計画を定め、原告が、これに異議の由立をしたのに対し、同月二八日異議を却下する決定をしたので、原告が大阪府農地委員会に訴願したのに対し、同委員会が同年一二月一日その訴願を棄却する旨の裁決をしたことは、当事者間に争がない。

一、原告は、本件土地が自作法第二条にいう農地でないと主張する。しかし、同条にいう農地か否かは所有者の所有の目的や意図とは一応別に、土地が現に主として耕作の目的に供される土地か否かによつて定まる。本件土地が、現に耕作され、その耕作は従前から引きつづいて行われてきていることは原告も争わない。そして現状においても普通の農地と別に変つたところのない土地で別の用途のための変更が加えられた形跡も特にないこと、検証の結果によつて明らかである。

原告は、国が本件土地を鉄道用地として買収した時から、鉄道用地となり、耕作の目的に供せられる農地ではなくなつたと主張するわけであるが、「国とか国鉄のごとき大企業においては土地所有の目的なりその意図する用途が、極めて明確に決定表明せられ、その意味で客観化されるけれども、やはり所有者の所有目的なり意図たるにすぎないことに変りはなく、土地の耕作が、従来の通り事実上継続しているかぎり、その土地が現に耕作の目的に供せられる農地たる性格を直ちに変更するものとはいえない。その目的ないし意図が現地について現実的に実現の過程に入らないかぎり、土地の農地たる性格を変えるものとはいうことができない。」原告は耕作の「目的」に供せられる土地という点で所有者の目的を強調するようであるが、その目的は、土地の現実の使用状況、形質において、事実状態の中に実現されているものでなければならない。上記継続耕作の事実と土地の現況とを通じて本件土地に客観的に表れているものは耕作の目的であるというべきで、本件土地は、国なり国鉄の所有目的なり意図なりにかかわらず、やはり農地であるといわねばならない。

二、つぎに、原告は、原告たる国鉄の法的性格から、国鉄は、自作法第三条第五項第四号の法人に当らないし、また、その所有土地につき同法による買収計画を定めるには、自作法施行令第一二条により、国鉄総裁の認可を要すると主張し、それについて、国鉄の法的性格を説き国鉄法第六三条第三六条の適用を主張する。

なるほど、国鉄は特殊な法人であつて、社会的経済的にみればその実質において国と異るところがない。その国鉄の所有農地を自作法によつて買収することは、自作法が農地買収によつて達成せんとする社会的な作用の点(農村における民主的傾向の促進)からいえば、ほとんど意味がない。実質的には国の所有地と同じであるから、自作法の関係で、実質的に意味があるのは売渡の段階だけである。原告が自作法施行令第一二条第一三条を強調するのは、その点の感覚においては正しい。

ところで、国鉄法は、国鉄を独立した法人とした。国鉄法はその第一条に示す通り国有の鉄道事業を能率的に運営するための、いわば技術的な措置であり、その技術の要点は企業を国から独立した法人としたところにある。経済的には、特別会計が強化したに過ぎないともいえようが、法律的には、飛躍的な変化である。そういう法律的技術がとられたのであるから、法律的には、その(法人としての独立の)線にそつた、法的規整をもとめられているものとしなければならない。

国鉄法第六三条は、「道路運送法、電気事業法、土地収用法その他の法令(国の利害に関係のある訴訟についての法務総裁の権限等に関する法律を除く)の適用についてはこの法律又は別に定める法律をもつて別段の定をした場合を除く外、日本国有鉄道を国と、日本国有鉄道総裁を主務大臣とみなす」と規定し、包括的に非常に広範に国鉄を国とみなすような規定をしたが、国鉄を独立の法人として、国の人格から切り離したのをここで、「国の利害に関係のある訴訟についての法務総裁の権限等に関する法律」と「国鉄法および別に定める法律で別段の定をした場合」だけ独立の法人としてあつかうにすぎないことにしたとは考えることができない。少くとも、私権の帰属やその変動については独立の人格として、国と別個な立場で法の適用を受けるのでなければ法人となつた意味がないのではないか。従つて、右第六三条が、「道路運送法……その他の法令」といつているのは、そこに例示された道路運送法等が規整するような種類の法律関係においては、国とみなされるという意味に解すべきであろう。

そして、自作法の適用についていえば、自作法の農地買収は国以外の者の所有する農地の所有権を国が取得するのであり、国鉄は、国とは別個の法人である。国鉄の所有する土地も、前記の通り実質的には国の所有と同じであるとしても、法律的には国の所有する国有財産ではない。その自作法による売渡を行うとするについても、国有財産のような管理換はできない。所有権の移転がとにかく法律的には必要となる。その移転は、売買交換などでもできる。自作法による農地買収もその移転の手続である。それは、実質的には、国の所有土地を法形式的にも国の所有とするための手続たるにすぎない。その場合の農地買収が、前に述べたように、実質的には、農地買収としては、ほとんど意味がないとしても、売渡を考えれば、農地買収の形式によることは、自作法の趣旨に反するとは考えられない。管理換の手続によれないのであるから、農地委員会が発意するとすれば買収計画を定めるほかはない。上記実質的所有関係からいうと、管理換の手続の方が妥当な感じもするであろうが、それが、所有権の帰属関係と牴触するのであるから、やはり、国鉄を国から独立した法人にしたという国鉄法の基本的な立場の方に忠実に従つて、国鉄を、自作法第三条第五項第四号の法人とし、まつたく、自作法の定める通りに農地買収手続をすすめるのをみとめるのを相当とするほかないと考える。この関係では国鉄法第六三条により、国鉄を国とみなすべきではない。

なお、原告は、国鉄法第三六条が、国鉄の会計および財務に関し、国有財産法等の規定の例による、と規定したのを引用して国鉄の所有土地が国有財産として取り扱われるとの主張をするが、同条はその規定の示す通り、国鉄の会計および財務の処理が、国有財産法等の規定に則つて行われることを規定したにとどまり、国鉄の財産が、国有財産だというような、国鉄を独立した法人とした同法の立場を真向から否定するようなことを言つているのではないことは明らかである。

三、自作法第五条第四号第五号の点

原告は本件土地が農地であるとしても、自作法第五条第四号の「都市計画法第十二条第一項の規定による土地区劃整理を施行する土地」に該当し、かかる土地は、知事の指定をまたず当然に買収から除外される趣旨の主張をし本件土地が、右土地区劃整理を施行する土地であることは当事者間に争がない。しかし、自作法第五条第四号を原告の主張するように読むべきでないことは、文言上明らかで、右のような「土地区劃整理を施行する土地」の境域内にある農地で、知事の指定する区域内にあるものが、買収から除外されるとの規定であり、なお、この知事の指定は、知事が都市計画についていかなる構想をするかにかかりその当否は裁判所の判断に適せず、知事の自由な裁量に委ねられているところといわねばならない。この点の原告の主張は失当という外ない。

つぎに原告は、本件土地を自作法第五条第五号により買収から除外すべきものと主張する。

そこで成立に争のない甲第八号証、第一四号証、第一五号証と証人栗林忠雄の証言によれば、本件土地は昭和一七年、運輸通信省が、大阪市内南地区における貨物輸送取扱のため、一二〇万トンの百済貨物駅の新設を計画し、その用地として買収したものであり、右計画は戦争のため停頓していたが終戦後あらためて取り上げられ、昭和二三年には計画図面も作成され、国鉄法施行とともに、原告が本件土地の所有権を承継するとともに、右計画をも受けつぎ、昭和二四年に入つて、同年度の予算にその工事費を計上し、予算の配付をも終え、昭和二十五、六年頃に五〇万トン、昭和三〇年頃までに最初の計画通り一二〇万トンの貨物駅にするという具体案が定まり本件買収計画前に工事に着手するだけの段取ができていたもので、予算も、昭和二四年度三一〇万五千円、昭和二五年度三〇六万三千円が配付されていることをみとめることができる。そして検証の結果によれば、本件土地が、南側において関西本線の線路に接する一団の土地をなしており、そのすぐ南側に奈良街道が通つていて、市街地が、大阪市中心部につづいていることがみとめられ位置として、大阪市南部に新設すべき国鉄貨物駅の設置場所に好適な地点にあるとみとめることができる。

右の通り、原告たる国鉄の本件土地に百済貨物駅を新設すべき計画が確定し、すでに予算化も終えたほどに進渉具体化している点を、国鉄事業の公共的性格にそつて考えると、すでにこの点において、本件土地は近くその使用目的を変更するを相当とする農地というべきこと明白であつて、自作法第五条第五号によつて、農地買収から除外すべき土地といわねばならない。これを耕作者の側からいつても、被告の主張によれば、すでに土地区劃整理にともなつて、一度は離作措置がとられているのであり、その後の耕作について、必ずしも明確に賃貸借ないし使用賃借関係が約定されていないのである。

被告は、自作法第五条第五号は、本件土地のごとく同条第四号に規定する土地で、知事が除外指定の権限をもつている土地には適用の余地がないと主張するが、右第四号が、都市計画の立場から、土地を地域的に把握して、買収除外の区域を指定することを定めているのに対し、第五号は、土地を個別的に点検し、その個々の事情にもとずいて買収除外の指定をすることを定めているのであつて、買収から除外すべき土地のとらえ方において、趣を異にする。従つて「第四号の指定の対象となり得る地域の土地についても、同号の指定がない場合は第五号により除外の指定をすることは、同号の要件に当る場合であれば、当然であつて」、被告の主張は、採用することはできない。

そうすると、東住吉区農地委員が、本件土地について、自作法第五条第五号による買収除外の指定をすることなく、これについて農地買収計画を定めたのは、この点で違法とすべきであり、これを適法として、原告の訴願を棄却した大阪府農地委員会の裁決は違法として取消すべきものといわねばならない。

四、そこで、その余の点の判断を省略し、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 山下朝一 鈴木敏夫 萩原寿雄)

物件表〈省略〉

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